普通で生きることの苦痛

普通で生きることの苦痛

Post to Google Buzz
Pocket

 

こんにちは

ホロスコープアドバイザー・カレンです。

年末ですね〜。

今年は大晦日までセッションが入っていまして、

オンラインて本当に便利だなと実感しております。

年明けのセッションのご予約もぼちぼち入ってきていますので、

気になる方はぜひお申し込みお待ちしております。

【1月zoomオンラインホロスコープセッション受付中】
*画面にホロスコープを共有するのみでお互いの顔出しはありません。
*新規様(以前メール鑑定を受けた方もこちら)
80分 10,000円

*リピーター様(オンライン&対面を受けてくれた方)
60分 5,000円
*アストロダイスオプション +1000円
お申し込み(出生データ必須)
詳細はこちら

 

スポンサーリンク

 

さて、占星術界隈に限らず、

これからの時代は個性が重要になってきますということを

いろいろなところで言われていますよね。

私もそんなことをこのブログで発信しているので

加担者というのは重々承知ですが、

これってけっこう多くの人のプレッシャーになっていると思う今日この頃です。

 

最近、学生さんの鑑定をする機会があるのですが、

自分のことを「無個性」だと思い込んでいる子が多いんですよね。

自分の個性がわからないということをよく聞きます。

ただホロスコープを読み、話を聞いてみると

いろいろとネタは持っているわけですが、

本人にしてみると個性なんてない普通の人だと感じているのです。

 

たぶん子供の頃から親や社会から

「ふつう」であることを求められてきた結果でもあると思うんだけど、

イモ欽トリオだって、

よい子わるい子ふつうの子のバリエーションがあったのに、

「ふつうの子」になろうと思ってたら、

そりゃ個性なんてよくわからなくなってしまいます。

だから普通であることが要求される中、

個性が重要だなんて言われても苦痛でしかないわけです。

そもそも個性とは社会に迎合するために発揮するものでもないですし。

 

でもね、所詮、世の中はみんな「ふつうの子」なんですよ。

 

「俺、個性的だから〜〜〜」なんていう自称人だって

鬼滅にハマってるくらいで、個性的とも言えないでしょう。

だから「個性」いう言葉に

しばられる必要もないのかなって思います。

それよりも目の前のことに一生懸命取り組んでいる中で

“これが自分の個性だ”と感じられてくるものではないでしょうか。

むしろ、個性、個性、という言葉に惑わされずに

生きている方がよっぽど個性的なのかもしれませんね。

 

今見ると完成度高すぎ!

スポンサーリンク

Post to Google Buzz
Pocket