水瓶座の月が黙ってない

水瓶座の月が黙ってない

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今朝書いた記事の続編

それ偏見じゃないですか?

本日、その施設に再度来訪し

マスクができないもしくはしないという選択をしている人に対し、

差別や偏見を助長しているのでは?

と意見しに行ったところ

施設の責任者とお話しする機会を得ることができました。

 

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施設側の話として

マスクをしていない人に対しては

一応事情を聞いて着用をお願いするようにしているが無理強いはしていない

→そもそも事情を聞くこと自体、プライバシーの侵害です。

どんな事情であれ、私的な理由を伝える必要はありません。

と言ったら、そんなことははなから頭にないようでした。

 

マスクをしてもらわないと利用者同士のトラブルにつながる

→施設側が利用者にマスクの着用を促すポスターを掲示するということは、

マスクをつけることが正義といっているのと同じ。

そうなれば何かしらの事情でマスクを着用できない、

しない人たちを悪と印象付けることになる。

それこそマスク警察に餌を与えているようなものだ。

と指摘したところ、

まったく想像外だったようで、

自分たちがマスク警察に加担していたとは思ってもみないようでした。

 

施設として利用者が安全安心に過ごすために

ルールは必要なのは十分理解できます。

担当者の方も感染者やクラスターが出たら困るというのを言ってました。

ただ、昨日だけでも全国で新規感染者数は150人程度です。

全国でですよ。

にも関わらず、

約2年の月日を経て、

いまだに効果があるのかないのかわからないような

感染対策という大義名分をふりかざし

差別や偏見をうみだす根源を作っているのは

マスコミ、行政、企業なのです。

 

ここまできたら、

私たち人間は共存の段階に来ていることは明らかです。

ウイルスとの共存は太古の昔からの人間の宿命です。

そうではなく人間同士が偏見や差別をなくしていくことこそが共存なのです。

国民の差別意識を助長するのではなくそれぞれが他者を受容する。

それを促していくのが、

本来のマスコミ、行政、企業の役割なのではないでしょうか?

 

私は偏見や差別などしていない。

誰もがそう思っています。

でも施設の人たちも気づかなかったように、

実際には誰もが偏見や差別に加担しているのです。

 

もちろん、人それぞれ立場があります。

ただ、他者に対しての思いやりとは、

ウイルスに罹らせないようにすることだけでしょうか?

日本人の大半はもっと根本的な思いやりを

見失っているのではないかと考えています。

 

私がなぜこんなに熱くなっているかというと、

私は水瓶座の月をもっているからです。

水瓶座は山羊座までのみんなが認識できる範疇を超え

人々の目を覚まし、

新しい時代に向けた意識を持ち込むのが使命です。

また、中庸が風エレメントの目標です。

それができないのならば水瓶座の月をもっている意味がありません。

もちろん理解なんてされません。

味方なんていません。

でもやるしかない。

それでも道は拓けていくと希望は感じています。

 

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