「家族不適応殺」インベカオリ★著

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インベカオリ★著

「家族不適応殺」

2018年におきた新幹線無差別殺傷事件の犯人、家族への

インタビューが綴られた渾身のルポタージュ。

ほぼ対話式になってるので読みやすく一気に読み切った。

普段、こういう重たい内容の本を読むとけっこう引きずるたちで、

次の日の朝起き抜けに思い出してしまい

鬱々とした気持ちになったりするんだけど、

この本は「あれ?なんか昨日読んだっけ?」というくらい

びっくりするほど忘れていた。

そんな自分に驚くが、

たぶんここに描かれている犯人Kが「空っぽ」だったからだと思う。

 

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Kは著者への手紙や対話の中で、

あらゆる古典やら名著からの言葉を”引用”し、

まるで役者のセリフのごとくつらつらと語り続けている。

 

語弊があるが、

私は世間を騒がせた事件を起こした犯人たちは

ねじれ曲がってはいるもののそれなりの人間味がある気がしている。

だから事件だけでなく良くも悪くも犯人の存在が記憶に残ったりもするのだが

これだけ日本中を脅かしたテロ事件にも関わらず

「あの事件の犯人て誰だっけ?」ってくらいな感じだ。

 

でもこの本を読むとそれも納得した。

著者のインベさんもよく付き合ったなというくらい、

いくら対話を重ねても出てくるのは

誰かの引用、引用、引用。

自分の言葉で語れないのは自分の存在の希薄さから来ているのか?

まるでそこから本当の自分を探し出してくれと言わんばかりの身勝手さも感じた。

 

裁判の様子もルポされているが、

被害者やご遺族の方々と

被告Kがまるで別次元にいるかのような感じもした。

ただそれも仕方ない。

そもそも本人がいないのだ。

たしかにKは物質的には存在しているがそこにいたのはただの張りぼてだ。

大層な言葉が書かれた紙で覆われてるが

一枚一枚剥がしていったら核たるものが何もなかったような拍子抜けを感じた。

 

私は犯罪が起きる前提で、

育った環境や家族形成はめちゃくちゃ関係があると思ってるので

この本に興味をもった。

タイトルが「家族不適応殺」とあるし、

さぞかし複雑な家族関係だったのかとおもいきや、

どこにでもいそうな家族だ。

たしかに変といえば変だし、

加害者家族としての意識がなさそうには感じたけど、

この事件に関してはあまり関係ない気がした。

 

そう。

関係ないのだ。

だってKが存在しないんだから。

関係しようがない。

関係ないから、

ペラペラ喋るし、

加害者家族としての自覚もないのだろう。

読んだ後に何も残らなかったのも

そもそもこの人たちが存在していないからかもしれない。

 

読み進めていく中で、

著者の徒労感が増し増しになっていくのを読み手も感じる。

掘っても掘っても何もない。

読んでも読んでも何もない。

怒りを持つことさえも拒まれたような気持ちになる、そんな本だった。

ちなみに、Kの生年月日が記されていたので、

また後々、ホロスコープも読んでみたいと思う。

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