「生きたい」と「死にたくない」は違う

「生きたい」と「死にたくない」は違う

Post to Google Buzz
Pocket

 

昨日の関東地方は雪だったので、

外出自粛要請も受け入れやすかったのが幸いだったんじゃないでしょうか。

一般的に土日休みな人にとっては受け入れやすいのかなと思うんですけど、

経営、商売している人たちにとっては

「今」をどうするか?の選択の連続ですよね。

ほんとにそれぞれがリスクを考えながら

生きないといけない時代なんだなと改めて考えちゃいます。

 

スポンサーリンク

 

さて、タイトル。

このコロナパニックにおいて、

「生きたい」って思っている人よりも

「死にたくない」って思っている人たちが大半なんだろうと感じたんですよ。

 

未知のウィルスや、人災的なパニックを目の前にして

特に持病持ちの方や高齢者など死への恐れをヒシヒシと感じている人にとっては、

「死にたくない」という思いはもちろん強いでしょう。

 

死ぬのは誰だって怖いです。

94歳で亡くなった祖母も

「私はもうダメだよ、死にぞこなったよ」とず〜〜〜と死ぬ死ぬ言いながらも

近くでくしゃみの一つでもすれば、

“風邪をうつすな”といわんばかりに嫌な顔していたくらいなので

死ぬことはそうそう簡単に受け入れられるものではないのです。

 

ただ、元気満々に物品の買い占めに走る人たちが

ほんとに「生きたい」と思っているかって言ったら

そうではないかもしれないと思ったんですよ。

 

「死にたくない」は生命維持の欲求からくるものなので、

マズローの5段階では生理的欲求で、

安全欲求にちょっと当てはまるくらいでしょうか。

original
出典

でもね「生きたい」っていうのは能動的な欲求で

「生きて何かの活動をしたい」という欲求があるわけですよね?

つまり、自己実現欲求に当てはまり、

天体で考えて見たら「太陽」の行動になるのです。

 

だから「生きたい」と「死にたくない」は違うものと私は考えていて

闇雲にトイレットペーパー買い占めに走ったりする人たちは(←何度も言いますが)

「生きたい」からではなくて

「死にたくない」という不安から行動してしまっているのでしょう。

 

この非常時、それらの行動が絶対に悪いとは思いません。

でも不安から行動するってことは一時が万事、

お金がないと不安だから

正社員じゃないと不安だから

結婚していないと不安だから

◯◯がないと不安だからと

不安を解消するだけの行動を選択し続けてしまう可能性もあります。

 

「生きたい」という能動的な欲求は

『自分の人生をつくろう』という宣誓のようなもの。

そこにはまさに太陽の力がみなぎっているのだと私は思っています。

クリエイティブに大胆に自分で自分の道をひらくことこそが

本来の生命活動ということなのではないでしょうか?

 

不安から生まれたものは、自分が本当に満足できる豊かさはもたらしません。

みんながみんな共通の不安を感じている今だからこそ、

「わたしは生きたいんだよ!」という意気込みが試されていくのでしょう。。

 

生きたいのか?

死にたくないのか?

あなたはどっちでしょうか?

 

【ただいまオンラインにてホロスコープセッションを受付中】

今自分が何をテーマにフォーカスしたら良いのか?
何を強化したら良いのか?
ホロスコープから読み解くと
今の時代を生きるためのヒントを得られます。

➡️お申し込み(出生データ必須)

⭐️3月はオンラインセッションで自分を強化しよう
⭐️ZOOMオンラインセッションについて 

スポンサーリンク

Post to Google Buzz
Pocket