愚痴の正体に気づいたらもう愚痴は言えなくなる

愚痴の正体に気づいたらもう愚痴は言えなくなる

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生きているといろんなことがあって
思い通りにいかないことばかり。

そんなときはどうしても愚痴をぽろっと言いたくなりますよね。
私も気づけばぐちぐち言ってしまうたちです。

 

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それでも、

愚痴や悪口などのネガティブなことは言わない方がいい。

なんていう話もあります。

それはわかるんだけど、

「愚痴くらい言わせてよ〜にんげんだもの(笑)」って思っちゃいますよね。

 

【愚痴には中毒性がある】

たしかに、

愚痴をいうとすっきりしたような気分になります。

たぶん怒りのエネルギーの発散をしているからだと思うんだけど、

実はこのすっきりを快楽と(脳が?)勘違いしていまい、

この快楽が中毒のようになるんですよね。

私も愚痴を言うことで

「すっきりした〜」

なんて思っていたんですが、

それはただの中毒だと思ったら愚痴は百害あって一利なしだと思えてきました。

 

【愚痴の正体】

そんな中毒にもなってしまう

愚痴ってなんなのでしょう?

自分でも言ってたし、

他人の愚痴もたくさん聞いてきて、

いろんな愚痴があったけど、

実は人と状況は違えどみんな、

同じことを言ってるのです。

 

 

会社の愚痴も、
家族の愚痴も、
旦那への愚痴も
妻への愚痴も、
子供の愚痴も、
恋人の愚痴も、
友達の愚痴も、
世間への愚痴も、

全部全部、

結局言いたいのは

 

「私は悪くない」

ってこと。

つまり自分は悪くないってことを、

あらゆる言葉に変えて言っていただけ。
「な〜んだ同じことを延々と言っているだけなのか」

と気づいたら愚痴って本当に無駄だなって思えてきました。

 

 

【自分は悪くないって本当?】

自分は悪くないと思ってしまうのって

人間の本能だと思うんですよね。

自己防衛です。

だから仕方がないとは思うんだけど、

よく考えてみたらそれって本当に自分は悪くないんでしょうか?

もしかしたら「自分が悪い」って考えたほうが答えが見つかるかもしれません。

別に自分を責めろって意味ではなくて、

たとえば

会社なら、

環境を変える努力をしたり、

人間関係なら

相手への接し方を変えたり、

自分の考え方を変えたりすることで

すこしは愚痴りたいことの緩和もできる策があるはずなんです。

 

それなのに、

自分が何も変えようとしないで

相手や環境が変わるのを待っているだけだとしたら

「悪いのは私」

そうなんです。

愚痴を言うことで、

自分の怠惰をマッチポンプにしているだけなんですね。

これに気づいたら

もう弁解できなくなります(涙)

 

「(自分に対して)やることやってから言ってね」です。

 

こう考えると

愚痴ってそもそも相手や環境の問題ではなくなって

自分の問題というところまで引き戻せます。

相手は変えられないけど自分は変えられるってことですね。

本来物事の解決策ってこれしかないんですよね。

 

【karen’s point】

愚痴はただの中毒。

百害あって一利なし。

愚痴を言うくらいなら

自分が何を怠っているのか?

今できる最善策はないのか?

を考える方にエネルギーを注ぐほうが、

脳からもプラスの快楽物質が出そうですよね。

私も愚痴愚痴言いたくなったら

「やることやってからいってね」

と自分に言うようにしてみます。

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